飛行機好きの " つぶやき"

2014年02月

昨日の続きで’84秋~帰国した'86春までのVF-151 F-4S。本土で転換 VFA-151となり当時最新鋭だったF/A-18Aを受領したNAS  LEMOOREでの姿。そして厚木へ向かうHornetをKC-10Aから捉えた姿。

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1984年10月4日 NAF  ATSUGI   F-4S  NF #200 

Photo mission を終えて制動に使ったドラッグシュートを切り離さず、右翼のパイロンに巻き付けた姿でバックサイド・ランプをタキシングする VigilantesのCAG機。

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1984年10月4日 NAF  ATSUGI   CVW-5のエプロンに駐機する F-4S  NF #201。

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1984年10月5日 NAF  ATSUGI   F-4S  NF #200 

前日のPhoto missionが、Not good  だった為、この日もフライトしたCAG機。前日はどんよりと曇った1日だったが、2日目のこの日は、陽射しがこぼれたので尾翼のレインボーカラーが映えた。
空の上では、更に素晴らしいショットが得られたそうだ。

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1985年1月22日 NAF  ATSUGI   F-4S  NF  #202 #204 #200  

この頃部隊に存在した、オリジナル黄黒のマーキング、モノトーン、そしてCAG機が並んでいた。

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1985年5月2日 NAF  ATSUGI  F-4S  NF #216   

フライトラインで出発準備中の#216、海軍機らしく通常の訓練飛行時にもアレスティング・フックの動作確認も行われている。後方にはNIPPIのハンガーが!

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1986年4月8日(火) NAF  ATSUGI R/W19 DEP   F-4S  NF #213 

VF-151のF-4が早朝厚木を離陸して、本土へのTrans Pac が始まった。偶然今年と この’86年はカレンダーの曜日並びが同じだ。この4月は、A-7とF-4が毎週 T.P.に旅立ち、26日(土)の朝 VF-161がシンガリでド派手な離陸を見せて、11月にHornetが来るまで厚木は寂しい半年間となった。

オマケ 2枚

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1986年8月14日 NAS  LEMOORE   F/A-18A   NF #202  

本土のHornet's  nest でVFA-151に転換訓練中だった真夏のショット。

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1986年11月19日 ハワイ~グアム間をTrans Pac中の NF#201  ハワイ・ヒッカムAFBからKC-10Aに同乗させてもらい、グアムまでの間、何度か空中給油を受けるVFA-151のHornet 6機を撮影させてもらった。18は当時グアム国際空港に同居していた NAS AGANA へ着陸、KC-10は空軍のアンダーセンに着陸した。翌日は未明の便でグァムから成田へ民航で飛んで、友人に成田まで迎えに来てもらい、F/A-18をグァム~厚木間で追い越して、厚木基地のエプロンで、VFA-151の到着を出迎える事に成功した(笑)

CVW-5の第2飛行隊だったVF-151 "Vigilantes"  ラジオコール " Switch Box " から厚木マニアの間ではもっぱらスイッチと呼ばれていた。

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1976年1月6日 NAF  ATSUGI   R/W19  F-4N  NF #216   

年末年始ごろの厚木は、けっこう南風が吹く事が多く、正月明けのこの日もR/W19だった。

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1976年7月4日 NAF  ATSUGI  アメリカ建国200周年記念一般公開  F-4N  NF #201  

建国200周年にアメリカがフィーバーした’76年 梅雨の最中厚木基地の正門から近いグラウンド一体が一般に開放されて、CVW-5所属のF-4、A-7、A-6などがトーイングされて道路上に展示された。
VF-151は#200 CAG機はカラフルなテイルがトレードマークに成っていたので、この#201がバイセンティニアル塗装機としてマニアからは注目された。

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1979年1月6日 NAF  ATSUGI R/W01   F-4J  NF #215   

J型にアップグレードされたVigilantes この頃はレドームを黒に塗った機体がいて、ファントムの大きなレドームの黒鼻はカッコイイ~

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1980年4月2日 NAF  ATSUGI R/W19   F-4J  NF #200   

J型最後の方の#200はちょっと地味目な5色のシェブロンが小さく入っただけでした。

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1983年8月13日 NAF  ATSUGI R/W19   F-4S  NF #200    

S型になってからの#200は尾翼全面にカラフルなNAVYのCAG機らしいペイントが復活した。
今のやたらと派手なだけのCAG機とは違い、部隊のオリジナルマーキングに準じて、かつCAGカラーを使った、昔ながらの海軍機らしさが、この頃はまだあった。

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1983年8月13日 NAF  ATSUGI R/W19   F-4S  NF #211  

S型になってロービジの波が押し寄せてきたが、Vigilantesはそれまでの尾翼全面から約半分程度に黄黒ペイント部を減らして居た時期。

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1983年9月11日 MISAWA  AB  Open House   F-4S  NF #205  

初めて出かけた三沢基地の航空祭。CVW-5からF-4、A-6、そしてVC-5のA-4  UE も展示されていた。 
前に何処かでも触れたが、この時の三沢の滑走路反対側にはCVW-5のF-4Sが、実弾を搭載してアラート待機していた。直前に起きたソビエト空軍の大韓航空撃墜事件を受けての措置。小さくて判らないが、ファントムの鼻先とA-4の間に小さく、アラート待機していたF-4が写っている。

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1984年7月25日 NAF  ATSUGI R/W19   F-4S  NF #201   

ファントムの時代は、時々見られたドラッグシュートを地上で一旦開いたのに、再び離陸してしまい再度着陸するシーン。右下の黒っぽい点は、ゴミではなくUP#01のシーキングだと思われる。

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1984年8月17日 NAF  ATSUGI  A-1   F-4S  NF #215   

カウンターシェード迷彩になったら、モノトーンながら昔ながら尾翼全面のオリジナルに戻したVigilantes。半分にしたマーキングより  やはり、これがスイッチ!

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1984年8月17日 NAF  ATSUGI  R/W01   F-4S  NF #210   

お盆明け、たぶんこの時はCQを実施していたのではないかな~?と今更ながら思う。
当時はCQなんて単語自体誰も口にしていなかったが、早朝7時台からファントムが飛んでいた。
R/W01の午前でこの陽当たり!

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1984年8月17日 NAF  ATSUGI   R/W19    F-4S  NF #215  

早朝A-1のタキシングを撮った機体がランチェン後に降りて来たようだ。

今日はここまでで おしまい     明日に つづく・・・・

米海軍のF-4飛行隊として日本で最もなじみ深かったのがCVW-5の第1、第2飛行隊だったVF-161 & VF-151。今日はそのうちVF-161 "Chargers" をダイジェストで振り返ってみる。

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1975年8月21日 NAF  ATSUGI R/W19  F-4N   NF #102  

'73年10月上旬にMIDWAYがホームポートを横須賀に移し、搭載空母航空団CVW-5も厚木へやって来た。撮影は母港化から2年近く経過した’75年夏だが来日当時と同様の塗装。お盆休み過ぎの快晴の中CVW-5がMIDWAYから続々と厚木へ戻って来た日。たぶん1台しか無いボディーにkodachrome25を詰めて撮ったんだと思う。
今ならCVW-5のFly-in と周知されたが、この当時は空母が横須賀へ帰港するので 厚木へ艦載機を降ろす事を『入港』と呼んでいた。日本人にありがちな、造語だが 昔の飛行機マニアは基地外周から目視観察、写真撮影して分析するのが主な活動だったので、仕方がありません。

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1980年4月2日 NAF  ATSUGI R/W19   F-4J  NF #115  

NからJ型へと機種をアップグレードした後、まだ来日当時と同様の素晴らしい塗装だった。

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1983年9月23日 NAF  ATSUGI  R/W01    F-4S   NF #113  
再び機種をアップグレードし、S型になり塗装もロービジ化の波が押し寄せて来た。
尾翼に大書きされたトレードマークの赤い稲妻はMIRAMARがホームだった時代に NFL  San Diego Chargers からパクったものらしい。

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1984年5月30日 NAF  ATSUGI   A-1 TAXIWAY   F-4S  NF #103  

これもロービジ化されたS型、この程度ならまだネ~

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1984年8月17日 NAF  ATSUGI R/W01   F-4S  NF #104  

ついにカウンターシェード迷彩となり、稲妻もモノトーン化されてしまった。でも稲妻の大きさNFテイルレターの大きさや濃さは◎

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1984年10月5日 NAF  ATSUGI   F-4S  NF #100   CAG on  borde    

CAG機ですが、全くのモノトーン・・・CAG自身が乗っていたので、彼のヘルメットにはCVW-5の5色のシェブロンが書かれていた(笑)

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1985年5月15日 NAF  ATSUGI  F-4S  NF #114  

翌年、まだカウンターシェードに成っていない機体も居たが、国籍マークは小さくなっている。

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1985年5月15日 NAF  ATSUGI  F-4S  NF #103  

この日の写真には、まだ赤い稲妻の#103、モノトーンの#114 ↑、そしてこのカットの奥にはカウンターシェード機と混沌としていた時期だった。

旧式のファントムも第一線から退く事になり、’86年にCVW-5はファントム、コルセアの2機種を本土へ春に送り返して、秋には当時の最新鋭機 F/A-18A  Hornet が4個飛行隊 厚木へとやって来る計画だった。

1986年4月26日  (以下3枚)
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NAF  ATSUGI  R/W19 DEP   F-4S  NF #101
 
本土へと戻る為のTrans Pac で 伝説の 20 Feet Take off を見せて、土曜日の朝、厚木エンドに集ったマニアの度肝を抜いたRock101 

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これは基地南側、中原街道沿いからFD300mmでフレーム目一杯に撮った画像です。
ジョンちゃんの頭が写っているし、基地の金網も下に写っている。次の次のコマはトラックの幌しか写っていなかった~という本当に低い離陸でした!

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これでも300mmでエンドから撮ったカットとしては十分低いが、これはサービスでこちら側に若干バンクを取ってくれています。PilotはVF-151のヘルメットに見えますネ。


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2011年2月9日 MIDWAY Museum @ San Diego  F-4N   NF #102   

昨日のランス反対側のカットです。朝はVF-21側順光、VF-161側は逆光でした。

おまけ

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1986年8月14日 NAS  LEMOORE  F/A-18A  NF #101 

4月に厚木を去ったVF-161は、本土でF/A-18Aに機種転換し、11月に厚木へと戻って来る計画だった。待ち切れず8月に一足早く NFの18をスクープしに出かけて来た。まだ2~3機しか機体を受領していなかったので、VFA-161もVFA-151も数機しか撮れなかったけれど、秋に成る前に計画が変更されてしまい、CVW-5へ来るVFA飛行隊は3個に減らされ、A-6飛行隊をもう1個追加(VA-185)する事が決定されて、VFA-161は CVW-10  NMへと移動し、Never come back to Japan となった。

US NAVY 実戦飛行隊のファントムはポジであまり撮っていないので、見つかったもの、展示機などを数枚集めてみた。CVW-5  NF のファントムは、その次 NAVY の最後に紹介します。

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1977820日(土) 海上自衛隊厚木基地  第1回ちびっ子ヤング大会 
F-4J  NL #100  VF-191 /CVW-15

横須賀に入港中だったUSS  CORAL  SEA からCVW-15 『NL』所属機が、厚木に複数機降ろされていた’77年夏。
8月後半の土曜日に海自厚木基地で初めて実施されたちびヤンは、西側エプロン地区が一般開放されて、たまたま厚木に展開中だった NLのファントムとコルセア(VA-22 NL #301 ) も一緒に展示された。
その頃は『長い梅雨』のような夏だと 誰もが感じていたが、後にエルニーニョ現象、ラニーニャ現象などの気象用語が出て来てから、あの’77年の夏は!と思い出されるほど、8月末頃まで曇り/雨が多く   NL のフライトもR/W01側で着陸を撮った記憶ばかりが印象に残っている。


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1979年7月30日 KADENA  AB  F-4J  NE #102   VF-154 / CVW-2  

'79年夏 沖縄の近海に USS RENGER が航行していたようで、VF-154 "Black Knights" のF-4Jが飛来したが、R/W05で曇りと条件は悪かった~

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1989年3月20日 NS  NORTH ISLAND  F-4N  NK #100  VF-154

座席も取り外されているので、North Island に入港中の空母にクレーンで搭載して、トーイングやCrash Rescueの訓練に使う機材だったと思うが、一応これも "Black Knights " のペイントが残っていた。

ミラマーのハイウエー脇にF-8と並んで展示してあったファントムを2枚
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1988年3月18日  NAS  MIRAMAR   F-4B  NG #100  VF-96

Tomcatへ改編することなくF-4で解散してしまったVF-96の塗装が暫く続いていた。

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1989年3月21日  NAS  MIRAMAR   F-4B  NH #100  VF-114

翌年はVF-114 " Ardvarks" に塗り替えられていた。

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2011年2月9日  USS MIDWAY @ SAN  DIEGO    F-4N  NE #101   VF-21 

最後は、先日予告した元Bu.No.153030が MIDWAY  Museum の甲板で左側は "Freelancers" 反対側は、日本でもお馴染みだったVF-161 "Chargers"  と両面で違う飛行隊が再現されていた。

昨日に続いてCVWR-20  AF の第2飛行隊だった VF-202 " Superheats"   この飛行隊も1985年2月、ちょうど今頃の寒い季節に NAS DALLASを訪れた時に撮影したのが、ファントムでは最初で最後になった。

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F-4S  AF #202     土曜日の午後ランプでメンテナンス中

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F-4S  AF #210   結構しっかり鎖でタイダウンしてランプに止めてある

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VF-202はラダーを テキサス州旗 ローンスター風のデザインだったが、カウンターシェードだったこの頃は最悪の時期。

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翌日(日)昼間は またしても曇天だった。アメリカ人達が、厚手の上着を着込んでいるから、相当気温が低かったと思い起こされる。

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F-4S  AF #210  タイダウンされているだけあり、土日とも同じ姿で写っている。翼が延びて、給油プローブも延びた状態のまま。引っ込まなく成っていたのかも?

これらを撮影した2年後1987年3月に F-14Aへ転換したが、ソビエト連邦崩壊を受けて 90年代前半の大リストラで VF-202も94年末に部隊は解散に追い込まれた。202はF-14Aでも撮影はほんの僅かのチャンスしかなかった。生き残ったVF-201は、’95年秋にEL CENTROで爆撃訓練中に遭遇し F-14Aの方が撮影チャンスが多く成ったほどだった。

今やCVWRという組織自体が無くなってしまい、VF = 戦闘飛行隊も無くなってしまった。
アメリカ海軍の組織も30年経つと 大きく様変わりするもんだ。
そのうち太平洋艦隊、大西洋艦隊という区別も無くなるほど、コンパクトな組織にダウンサイジングしないと維持出来なくなる日がやってくるだろう。その頃 私はもう生きていないだろうけれどネ(笑)

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